「なあスザク、どうして今俺がこんなことをしてると思う?」

 知っている。この声。
 おかしくて仕方ないと嘲笑うその唇に、何度、何度口付けたのか。

「お前が」

 今度はわざとらしい程の笑いが洩れた。

「枢木スザクだからだよ」





 スザクはゆっくりと瞼を開いた。何度か瞬きをして、濁る視界をはっきりとさせる。見覚えのない灰色の壁が見えた。少し視線を横にずらしても壁はまだ続いている。手前まで焦点を戻しても変わらない。ここは灰色の四角い部屋だ。見た限り、そう六畳もないような。
 頭が重い。身体のどこもかしこも怠くて、指先一つ動かすのさえ億劫だ。凭れるようにして壁に後頭部を押し付ける。どうして今、自分がここに居るのかも分からない。何をしていたのかも思い出せない。
「は…」
 息苦しい。窓も見えないから、完璧に閉ざされた世界だ。深呼吸をする度に空気が上昇していくようで、なんだか落ち着かない。心なしか、身体がいつもより熱を持っている気がする。何となく身動ぎさせて、スザクはあることに気付いた。
「て、…じょう…?」
 後ろ手に縛られていた時間が長かったからだろうか、つい今までそんなことにも気付かなかった。完全に痺れて感覚が麻痺している。
「っ…! な…な、んで…!」
 ばっと勢いよく振り返って頭がくらりとした。麻痺してる所為か、この怠さの所為か、たかだか手錠の一つがビクともしない。いつもなら、こんな細い金属など一捻りなのに。
「くそ…!足まで…っ」
 もがいた時に更に気付いた。自分は足首まで鎖に咎められている。また、首に皮のベルトのようなものが付いているのが感触で分かり、そこから天井に向けて鎖が伸びていることも理解した。
 気付かないうちに軍の人間に拘束されたのだろうか。食事に薬でも盛られて…いや、それはないと思いたい。この世界に入ってからは、口にするもの全て気をつけてきた。そこを緩めたことなど一度もない。いつだって、警戒心の塊だ。それが当たり前の生活だった。
「っ、…なんで…こんな…」
 漸く少しだが目が覚めてきて辺りを睨みつける。けど、そこには誰も居ない。扉さえ見えない。そんなことありえないと分かっていても、異色な雰囲気を発するこの場に気が焦る。日ごろから体力には自信のある自分でも、酷い重みを感じる身体に何も出来ない。それが余計に神経を苛立たせる。吐き捨てるようにスザクは舌打ちをした。
「……――落ち着け、俺…」
 しかしイライラを昂らせてる場合ではない。とにかくこの状況がどうしてこなったのか考えなければ。一際長く深呼吸をした。
 最近、特に軍からの目線が厳しくなったとは思っていた。一イレブンの自分が騎士候になったのだ。面白くないと陰口を零す連中も多い。更に自分は、ゼロと対面してまんまと逃し、自らの命を差し出すこともせず現場を離れようとした。
「……」
 スザク自身、あの時の記憶は全くない。気がついたら離島に流されていたのだ。もちろん、ゼロと向き合ったのは覚えてる。相手をランスロットに閉じ込めたことも。けれど、その後の記憶が無いのだ。何故――。
 そこまで考えて、スザクは思考を中断した。あの時のことを今考えてもしょうがない。場違いもいい所だ。
 もう一度思い出そう。自分がこうなる状況の前にあった出来事を。
「…! そうだ、ルルーシュ!」
 確か、自分はルルーシュと一緒だった。確か、生徒会室で仕事をしていた。結構遅くまで作業をしてしまって、ルルーシュの部屋に泊まる話をしていた。彼は今、何をしてるのだろうか。
「ルルーシュ!」
 もし、自分が誰かに囚われたとしたのなら、彼は? 巻き添えを食ったのではないだろうか。もし、ルルーシュに用は無く、口止めに殺されてたりでもしたら…。
「くそっ、ルルーシュ!ルルーシュ!」
 大声で叫んでも部屋は全てを吸収するようだ。響きもしない。
「っ…!ルルーシュ!」
 自分の立場が崖っぷちだったのは当然分かっていた。ただ、それでもユーフェミアが拾ってくれたことで、道は開けてきた筈だ。障害が多くなることも予想していた。なのに、ここで大切な人を失ったかもしれない。気が緩んでなかったなんて、嘘じゃないか。学園でだって隙を見せたことだってなかったなんて、今じゃ言い訳になりもしない。自暴自棄になりそうになるのを、唇が切れるほどスザクは噛み締めて堪えた。
「…駄目だ、俺が落ち着かないと…」
 ルルーシュを助けにいけない。いや、今の全て思い込みだとしても、彼の安否を確認したい。もう一度深く呼吸を取った。
 その時――。
 シュン。と切り取られたかのように壁の一角が空いた。スザクは驚きで目を見開く。足音はしない、いや、裸足だ。ゆっくり気配が近付く。不思議と殺意も敵意も感じられなかったが、スザクは気配を鎮めて警戒心を貼り付けた。一歩、一歩、近付いて来る。
 現れたのは細身の黒いズボン。
 顔、は――。
「!」
 強張った顔が一気に硬直したことに、スザクの目の前の男は嫣然と口端を引き上げた。それでこそお前だ、と誇らしげに言うように。
「気分はどうだ? スザク」
 変わって優しい視線をスザクに送る。気遣う声も、スザクが知ってるいつものままだ。
「喉が渇いただろう。水を持って来たよ」
 彼の部屋に遊びに行ったような物言いでさらりとそんなことを言う。
「…枯れるほど、俺を呼んでいただろう?」
 けれど、そんな残酷な笑みは知らない。
「……ル、ルー…シュ…」
 求めてやまない、彼だった。



「ぅぁ…っは…」
 ぽたりと首筋を伝って汗がはだけた胸へと落ちていく。忙しなく荒い呼吸が辺りに散らされる。もう思考は堕ちかけ寸前だった。
「スザク、辛いだろう? 楽になったらいい」
 日焼けなど知らない細い指が喉に触れた。ひんやりとしていて心地好ささえ覚える。滲んだ視界で艶のある黒髪が見えた。
「ル…ルーシュ…、ど…し て…」
 懸命に絞り出したのは先から投げ掛けてるものと同じだ。絶対に彼が答えないことは、もう立証済みだったとしても。
「いい声だ。もう少し、甘い声も好みだがな」
 本当に愉しそうにルルーシュは笑う。スザクは他人事のように遠くからその笑い声を聞いていた。
 今やもう、スザクは完全に拘束されていた。
 手足は床と天井にくくり付けられた鎖で封印され、首輪まで付いている。極めつけは格好だ。大の字に開かされた身体はかろうじて制服を身につけている状態だった。シャツは前身が全開で、下肢も曝け出している。
 スザクの中心部は反り返り、どくどくと血管が脈動を続ける。きっと薬も盛られたのだろう、媚薬かなとおぼろげな思考でスザクは思った。
「…はぁ…っは…」
 すぐにでも達してしまいたい。
 ルルーシュの指が気まぐれに触れてくるだけで身震いがする。誰でもない、ルルーシュだからだ。あの綺麗な双眸で見つめられてると思うと、羞恥と混乱で尚熱くなる。
「こんなプレイ、お前は嫌悪を露わにすると思ったが…」
 不意にルルーシュの指が怒張の切先を掠めた。
「っく…!」
 それだけで窪みに蜜が滲む。くっとルルーシュの喉が歪んだ笑いを洩らした。
「こういう趣味があるとは思わなかったよ。可愛いな、スザク」
 ぞくりと背筋が駆け上がった。こんな快感、今日まで知らなかった。よく響く低音が自分を煽る度に腰が甘く痺れる。脳内が蕩ける。彼に触れたくて、触れたくて、堪らない。
「なあスザク、どうして今俺がこんなことをしてると思う?」
 美しく酷薄な、紫の双眸。
「お前が」
 艶のある唇が笑んだまま告げた。
「枢木スザクだからだよ」
「ひっ…!」
 下肢の熱が握りこまれた。ガシャンと鎖が揺れる。
 容赦なく、甘さなどの欠片もない。それでも全身を駆け上がるような刺激がスザクを襲った。
「熱いな、スザク。火傷しそうだ」
 ゆるゆると掌が上下に動く。冷たい感触が自分の熱で徐々に体温を帯びていくのが分かる。彼を支配しているような、そんな気さえした。
「…はぁっ、ぁ…」
「ん…いい声だ」
 ふと吐息が鼻に掛かった。何かを理解しようと懸命に瞼を持ち上げる。そこにルルーシュの顔があったのを認識したが、すぐに視界を埋め尽くされて頭が混濁する。
「ン……っふ…ぅ」
 知っている。甘い吐息が耳を掠める。顎をしっかりと固定されたままルルーシュの舌が咥内に滑り込む。
 どうして、俺だから――。
 先の揶揄のような科白に疑問が浮かび上がる。けれど答えも思考も一向に追いついてこない。漠然とそれだけ思う。痺れた舌がルルーシュのそれを必死に絡めて交わろうとする。こんな時でも、本能は彼を欲しがってる。
「…ル…ル…」
 名残惜しむような離れ方をされてひくりと腰が波打った。あの熱い体内に納めて欲しい。けど、わけも分からないこの状況も耐えられるものではない。涙が零れた。
「…スザク」
 ついと指で掬い取られる。愛しむように、慈しむように。
 短い息が継続的に肩を上下させる。もう意識が持たない。
「いい、顔 だ」
 それはまた優しく、目尻に口付けをされた。
「だから歪ませたくなる。お前が俺で一杯になるように」
 優雅な所作でルルーシュは何かを取り出した。チューブのような、普段見たことのある形のものだ。
「ルルーシュ…‥、ぼ くは…」
 いつでも君で満たされているのに。
 いつでも、君でしか満たされていないのに。
 気付いていないの?
「害はない、お前がどうなるか見たいだけだ。楽しませてくれ」
 ジェル状の透明な中身を掌にたっぷりと出し、それをよく馴染ませる。甘い香りがあたりに充満した。
「…な、に……。それ…」
 微笑むだけでルルーシュは答えない。もう考えるのさえ億劫になってきて思考を中断させた。不意に下腹部にルルーシュの頭が埋まる。
「っぁ! あ…っ」
 味わうように舐め上げられた。ざらついた感触に待ちわびてたよう肌がざわつく。
「もう、すぐにでもイきそうだな。なんて生々しい」
 うっとりと恍惚な色が混じる。額から嫌な汗が垂れてきて余計に悪寒が走った。切羽詰った体液は、白濁の色を濃くしていた。
「ん…!」
 再び掌に握りこまれる。けれど、今度はぬめりのある何かを擦りつけられてるようだった。冷たいその物体が欲情を煽る。
「は…っ、ル ルー…ッつめた…」
「大丈夫だ、時機に良くなる」
 何が?と投げ掛ける前には、彼の言った意味が分かった気がした。かっと下肢が熱くなったのだ。
「ひ……な、な…に…っ」
 身体中の血管が全て性器に移ったみたいだ。痛いほどに膨れ上がったのが自分でも分かる。言うならば、唐辛子を塗りつけられたとか、そんな…。いや、そんなふざけた痛みではない。確実に快楽に繋がる痛み、だ。
「うあっ、や…だ…っ」
 今度こそ本当に我慢が出来ない。扱いて突き上げて欲を解放したい。ガチャガチャと四肢を暴れさせて抵抗を試みる。風邪の時のように、顔まで熱を持った。君は、一体僕に何をしたというんだ。
「…ん、…相当な効き目だな」
「は…っ、もう…こんな…」
 何が何だか分からなくて涙が出て来た。ここは何処なんだ。俺は誰だったろう。目の前に居る人は愛する人じゃなかったか。
「泣くな、スザク」
「ルルーシュ、…もう…」
 止めてくれ、そう言う前にそれは遮られてしまった。その綺麗な、唇で。
「俺は手を出さない。自分で達してみろ」



 堕ちるのは早かった。
 彼と出逢った時も、再会した時も。
 この、今の。そう、与えられる快楽にも。
「っは…ぅぁ、…っ」
 だらりと垂れ下がった片腕は、今は自分の下腹部へ伸びている。感触だけは柔らかい布で出来た紐が、膨れ上がった性器の根元に巻きついていた。続いた先はルルーシュの指先。時々クイと悪戯に引っ張って戒めを強める。両脚の拘束も解けていないままだ。
 咎められた欲は吐き出し口を見出せない。すぐそこまで来ているのに辿り着けない。無理矢理引き出され、追い詰められ、押さえ込まれる。こんな状況、いっそ死んだ方がマシだ。
「ん、ん…ッく…」
 指先が根元から括れまで往復する。快感を生む場所は知っていて、そこに当たると性急さが増す。溢れた精液でふやけ気味の肌は、程よく焼けた健康的なもので。出っ張った骨は軍仕込だ。
 もう何度も慰めてきた。己の右手。
粘膜で擦ってるわけでもないのに水音は途切れない。羞恥より、快楽を煽る方が大きかった。
「溜まってたのか?すごい量だ」
 それをいかにも芸術作品でも観察するような目つきでルルーシュが眺める。たまに吐かれる吐息が熱っぽさを含む度、上下の運動も速くなった。
 とめどなく涙も溢れる。口からは唾液が伝ってはしたなく喘いでいた。制服が肌に擦れるのでさえ快感だ。申し訳程度に羽織ったシャツも、汗で張り付くズボンも気持ち悪い。違う、キモチイイ。
「はぁ、っはぁ…ッァ」
 もう、どうでもいい。どうにでもすればいいよ。
「…お前は自分を日ごろ解放してないからな、こういう所で反動が出るんだ」
 なに、ルルーシュ。
「これからお前は、その仮面をかぶり続けていくだろう」
 聞こえない。
「だったら、一度くらいその面を剥がしてやろうじゃないか」
 何を。
「お前の愛する、”ルルーシュ”が」
「っぐ…っあ…!」
 ぐぐっときつく紐が引っ張られた。痛みが混合する。
「スザク、イきたいか?」
 喉から洩れる乾いた笑いが神経をぴりっとさせた。答えることが、もう出来ない。水が欲しい。
「イきたいなら、請ってみろ。それが出来るのならば」
「ひ、っぅ…!」
 また締め付けられる。ぎりぎりと根元に食い込んでいく。
「お前に出来るか? ”枢木スザク”に」
 人間は、限界と理性と狂気と、何に勝てるほど出来た生き物なんだろう。愛は、どこに勝ると言うんだろう。
「は…あ…っ」
「スザク」
「…ル…ルルーシュ…」
「…? スザク」
「イきたい…。イかせてくれ」
 刹那、息を呑んだ気配に気付いた。それさえもどうでもいい思考だったけれど。
「…誰に物を言っている」
 何故か怒りの色を持った声がした。低音が濃くなる。
「俺は、請え、と言った筈だ」
 その意味を頭では理解していなかった。
「イきたいんだ…もう…、げんかい…だから」
 ルルーシュはチッと舌打ちをした。俯いていた頭を前髪を掴まれて上向かされる。
「請えよ、スザク」
「…ルルーシュ…」
「お前に出来るなら」
 僕に、出来ない…? そんなこと、ないだろう。
「ルルーシュ…」
 どうして、君は、そんなに泣きそう…?

「出させてください…。ルルーシュ さ、ま…」

 ぎりっとルルーシュの唇が噛み締められた。切れそうなほど。
「は…笑いものだな」
 自嘲気味に言いのけてから、一方のヒモの先端を解いていった。心地いい風を誘って床に落ちる。
「可愛いよ、スザク」
 はっきりと、殺意を感じた。けど、やっぱりどうでも良かった。
 そっと瞼を落として視界を塞ぐ。
 すぐに扱きあげて射精を促した。
「っく、あ っ――!」
 尿道を精液が通る感覚を始めて感じた。それくらい溜まった体液が解放された喪失感で満たされた。視界がおぼろげになる。もう意識は持たないと、そう思った。
 けれど、
 何かが切れたのは聞き間違いじゃないと思う。
 いや、閉まっていたシャッターが持ち上がって、中から大量に流れ込んだのかもしれない。
 涙で滲んだ視界の焦点をもう一度合わせる。何度も霞む彼の顔を見定めようと懸命に。ぶれる顔が、泣きそうに崩れてる気がした。

 …――でも、それこそ、本当にどうでもいいと、思った。

 左手首に繋がった鎖を指先に絡め取る。数本でぎりっと捻り握り締めると容易くそれは砕けていった。
 驚いたように目を見開くルルーシュが、今度は鮮明に見える。次には怯えをはっきり映し出した紫だった。
 ああ、君の双眸に移る僕はすごい顔をしているんだろう。あはは、怖いの?
 両脚の拘束も同じように解いてゆっくり起き上がる。何だか愉しくなってにっこりと笑いかけた。ほっとした表情が正面で現れる。
 大声で笑いたくて仕方ない。口端がやけに歪む。
 ねえ、ルルーシュ。

「君を抱かせて。――ちゃんと殺さないように、するから」





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